King(キング)とEmperor(エンペラー)の違いとは?
先日、イギリス・エリザベス女王の国葬のニュース映像を見ていた小学生の息子からこう尋ねられました。
「キング(王)とエンペラー(皇帝)って違うの?」
この質問…あなたは回答できますか?正直なところ、筆者は戸惑いました。
『えっと…キングは王様だけど、エンペラーは…皇帝?だよ?』
実はこの問いかけ、日本に住む我々にとっても非常に重要な意味を持っているんです!
イギリスの国家元首は「キング/クイーン」
2022年9月8日、イギリスのエリザベス女王が崩御されれました。実は彼女は、イギリスだけでなく、カナダ女王でもあり、オーストラリア女王、ニュージーランド女王でもあり…全世界16ヶ国の国家元首を兼ねていました。
英語で表記すると、
Queen of Britain (クイーン・オブ・ブリテン)
となり、新国王であるチャールズ国王は、
King of Britain(キング・オブ・ブリテン)
です。
即位された王が男性の場合は『King』、女性の場合『Queen』と称せられます。意味合いは同じで「王」つまりキングですね。
日本の天皇は「エンペラー」
一方、日本には天皇がいらっしゃいます。日本語では『天皇陛下』という言葉で報道されますが、これを英語表記するとどうなるか、ご存知ですか?
Emperor ofJapan(エンペラー・オブ・ジャパン)
実は、我が国の天皇陛下は「エンペラー」と称されている世界で唯一の存在なのです!
アジア世界の皇帝とは?
元々、東アジア世界では「皇帝」とは中国の皇帝ただひとりしか居ないものでした。
この「皇帝」という称号は、史上初めて中国大陸を制覇した「秦の始皇帝」から始まるものです。漫画や映画でも大人気の「キングダム」に登場する「政」こそがその人ですね。
その「皇帝」が、周辺国の統治者に与えた称号が…実は「王」という称号なんです。朝鮮半島の統治者には「朝鮮王」、日本の統治者には「日王(倭王)」という風に、朝貢(貢ぎ物を持って参上する)した地方領主を「王」に任命していたんです。
福岡県志賀島で発見された、歴史の教科書に出てくる「金印」に刻まれている内容をご存知の方も多いでしょう。
この金印に刻まれている文言は漢委奴国王(かんの わの なの こくおう)
です。
これは「漢皇帝」が任命した「倭(委)島」の中の「奴国」の「国王」という意味です。ちなみにあの卑弥呼も「親魏倭王」という称号を受けていましたね。これも同じ例です。
東アジア世界では、中国大陸の「皇帝」こそが世界を治める唯一無二の存在。「王」はその皇帝に任命された地方領主という意味合いなんです。
かくいう日本の天皇家も、古代には中国歴代皇帝から「倭王」として任命を受け、列島を統治していました。
しかし、天武天皇の時代あたりから「倭王」ではなく「天皇」を自称するようになります。この「皇」という字にはとても重要な意味を持っています。この「皇」の字を使用することは、『中国皇帝と日本天皇は同格である!』という宣言でもあるのです!ですので、現在でいう中国皇帝に従う体制からの「独立宣言」に近いものです。かなり思いきった政策ですよね。
ちなみに、中国の中華思想を色濃く受けている朝鮮半島では、この「皇」の字を中国皇帝以外に用いるのは不敬であるとして、日本の天皇のことを、現在でも一段下の「日王」という表現を使い続けています。
さて、初めて「天皇」と称した天武天皇が即位したのは670年ごろ。それから約1200年後に明治維新が起こります。
江戸幕府が倒れ、明治新政府が成立したときに、国家元首として立っていたのが「明治天皇」でした。
当時のヨーロッパ世界は「帝国主義」の時代。諸外国の外交官たちは、彼を「emperor(皇帝)」として本国に伝えます。それからは、日本天皇は代々「emperor」という称号で呼ばれ続けているのです。これは現代まで変わりありません。
西洋世界の皇帝とは?
一方西洋では「皇帝」という称号には2つの意味があります。
ひとつが『ローマ帝国』の正統性後継者という意味合い、もうひとつが『他民族までもを支配する統治者』という意味合いです。
西洋世界で初めて「皇帝」と称したのは、初代ローマ皇帝のアウグストゥスです。
彼の死後に与えられた正式な称号はこちらです。
インペラトール・カエサル・ディーウィー・フィーリウス・アウグストゥス・ポンティフェクス・マクシムス・トゥリブニキアエ・ポテスタティス37・インペラトール21・コンスル13・パテル・パトリアエ
最高司令官、カエサル、神の子、尊厳なる者、最高神祇官、護民官職権行使37年、インペラトル歓呼21回、執政官当選13回、国家の父
えーっと…長すぎますね。
このうち重要なのは、「インペラトール(最高司令官)」・「カエサル(家の後継者)」という点です。
ローマ共和国から帝政への礎を作ったユリウス・カエサル(英語読みでジュリアス・シーザー)の後継者であり、軍の最高司令官である「インペラトール」でもある『アウグストゥス』として、彼以降は帝政を敷くようになります。
ローマ帝国はこの後長らく、ヨーロッパ及び地中海世界の覇者として君臨することになるのですが、その結果「皇帝」を示す言葉も様々な形で西洋世界に広がることとなります。
インペラトールを語源とする皇帝
英語 エンペラー
フランス語 アンプルール
トルコ語 インパラトール
カエサルを語源
ドイツ語 カイザー
ロシア語 ツァーリ
基本的には、西洋世界の皇帝とは「ローマ皇帝」の継承者です。
西洋世界の「皇帝」はローマ帝国の後継者
ローマ帝国が東西に分裂すると、西ローマ皇帝と東ローマ皇帝が並立する形になります。やがて、西ローマ帝国が傭兵隊長の反乱によって滅亡すると、東ローマ皇帝だけが唯一の皇帝として君臨するようになります。
西ローマ帝国の滅亡で、皇帝不在になった西ヨーロッパ世界では、現在のフランスの地で力を付けた「フランク王国」のカールがキリスト教の教皇から与えられる形で皇帝位を授かります。しかし、本来唯一正統な東ローマ皇帝はこれに賛同せず、ローマ皇帝ではなく、あくまでフランク族の皇帝とすることでこれを追認することになります。
しかし、この「カールの戴冠」は大きな分岐点となりました。これが前例となり、のちには現在のドイツの地で力を付けたオットー1世にも「神聖ローマ帝国」の皇帝という称号も与えられるようになります。「皇帝位はキリスト教の教皇から賜るもの」という例がひな型となるのです。
本来ローマ皇帝は、ローマ本国やローマ市民だけでなく、地中海世界全土や他民族までもを統治する存在でした。
そのため「皇帝」という言葉は次第に、広大な領地と多彩な民族を統治するもの…という意味をも帯びてくることになるのです。
西洋世界の「王」は単一民族の代表者
一方、『King』つまり「王」の語源はゲルマン語の「血縁」という言葉から発しています。これは、あくまでも血縁によって継承される統治権という意味合いが強いものです。血縁ということは、基本的に単一民族の中の代表者という意味合いですね。
まとめ 現代世界の皇帝とは?
このように西洋世界でも『皇帝』は広域圏を支配するもの、『王』はその単一民族を支配するものという、意味の違いがあります。広く支配する『皇帝』の足下に各民族の『王』がいるというイメージですね。
西洋世界ではその後、一民族一国家が成立する流れになったことで、多彩な民族を統治するもの…という意味の「皇帝」は姿を消しました。
また中国の皇帝も、清国の滅亡をもって最後の皇帝が退位し、それ以降は皇帝は存在していません。
現在世界中には、イギリス王室をはじめ、スペイン王室、デンマーク王室、オランダ王室など…全部で25の王室が存続していますが、あくまで全て「王」を名乗っています。
ただひとつ…日本だけが「皇室」で、英語表記すると「emperor」と称されているのです。これは、明治時代に各国に翻訳されてそのまま変わらずに使われ続けているのです。
結論!
・皇帝は東アジア世界と西洋世界で意味合いが異なる!
・東アジア世界の皇帝は中国皇帝のみ!王は皇帝によって任命されるもの!
・西洋世界の皇帝は、広大な領地と多彩な民族を統治するもの!王は血脈によって受け継がれる単一民族の代表統治者!
・明治時代に「emperor(エンペラー)」とされてから、日本の天皇は世界には残る唯一の「皇帝」!