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宗家の菩提寺『万松院』は霊廟へ続く灯籠石段が圧巻!【対馬壱岐旅行記】対馬編⑭

こんにちは!旅人サイファです。

対馬壱岐旅行記】より対馬滞在4日目の記事、この日は対馬の中心地・厳原を散策しています。

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対馬の政治を司っていた「金石城」から城の奥に進むと、対馬藩主・宗一族の菩提寺『万松院』にたどり着きます。ここは、日本三大大名墓地のひとつに数えられる霊廟です。

ちなみに残る二ヵ所は金沢・前田家墓所と萩・毛利家墓所


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『万松院』の表門は趣のある仁王門。本堂は火事によって焼失した後の再建ですが、この仁王門は江戸時代前期に建立された貴重なものです。

これ、なんと対馬最古の建築物らしいですよ!


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史跡 対馬藩主宗家墓所

歴代の対馬藩主と正室および一族の墓所である。元和元(1615)年に宗家19代で初代対馬藩主の義智が死去し、居館としていた金石屋形の西に墓所を設けた。寺として松音寺を建立したが、元和7~8年頃に法号に因んで「萬松院(万松院)」と改め、宗家の菩提寺となった。(中略)

 

元禄年間以降に起きた大火で建物を焼失しており、現在の本堂および庫裏は明治13(1880)年に再建されたものである。焼失を免れてきたさんもんは、江戸時代前期の建立と考えられる。

 

花崗岩製の大きな墓石や広い墓域から、江戸時代の日朝外交を担った宗家の威信や隆盛を窺うことができる。墓所は鏡積みを多用した石垣と石塀で区画、構成され壮麗である。

 

仁王門のすぐ右手には宗一族の墓所へ至るエリア。
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しかしここからは中へ入ることはできません。


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仁王門の左手を回ると本堂へ出ます。

こちらで拝観の受付をすると本堂内部へ誘われます。


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本堂です。宗家の歴代当主の位牌に加えて、朝鮮通信使との儀礼に使われるのでしょうか。江戸幕府徳川将軍代々の位牌も納められているようです。


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本堂内の廊下に、一見無造作に置かれているこれら。

なんと李氏朝鮮国王から贈られた大変貴重な三具足とのこと!


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「三具足」とは、仏具の1種で香炉、燭台、花立の総称です。

何代目かの対馬藩主が亡くなった際に、弔意として朝鮮国王から贈られたと伝わっています。同じものが徳川将軍にも贈られて日光東照宮内に保管されていたそうです。しかし、そちらは火事で焼失、現在は日本で作り直したものが日光東照宮奥の院に奉られているそうです。

 

さて、本堂のお参りを終えたらいよいよ御霊屋へ向かいます。


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御霊屋は山の斜面に沿って作られています。「百雁木」と呼ばれる、一直線に伸びる石階段は圧巻です。両側には灯籠が並び、森に包まれた雰囲気は抜群!

まるで異世界へ誘われるかのような風景が広がります。


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さすがは金石城の一画に建てられた藩主の菩提寺。所々石垣と城壁に囲われています。

かつては藩主自らここに登り、祖先の冥福を祈ったのでしょうね。

境内には3つの御霊屋があり、上御霊屋には初代藩主・義智から宗家32代義和までの藩主と正室、中御霊屋と下御霊屋には10代貞国と側室および童子の墓が並ぶ。また本堂西側の池泉庭奥には宗家出身者や一族を葬った裏御霊屋がある。

 

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こちらが、初代対馬藩主にして宗家第19代当主・宗義智墓所です。今日の対馬の基礎を築いた、郷土の英雄とも言える人物がこの方!

戦国時代から江戸時代成立にかけての動乱の時代を、この方が上手く泳ぎきったおかげで、独特の文化が残る現在の対馬があるのです。

もしもこの方が追放されていたら…壱岐奄美のように、外部の大名の植民地として搾取されていたかもしれません。

 

実は宗一族は、江戸幕府成立よりももっともっと昔、鎌倉時代からここ対馬を領有していました。そのため、少し分かりにくいですが、

という流れがあります。

ちなみに、鎌倉時代から同一の土地を同一血統の殿様が支配していた例は、ここ対馬の宗家の他、数例しかありません。(皆さんお分かりになります?)


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いかがでしたか?対馬の歴史を紡ぐ宗家一族の墓地『万松院』。

対馬に訪れた際は、ぜひお立ち寄りくださいね!

 

万松院

アクセス

厳原港より車で5分

対馬空港より車で20分

 

拝観時間

8:00-17:00

 

定休日

年中無休

 

拝観料金

大人300円

高校生200円

小中学生100円

 

駐車場

無料駐車場あり

 

アドレス

長崎県対馬市厳原西里192

0920-52-0984

 

次回から壱岐編スタート!

 

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