NHK大河ドラマ『光る君へ』コラム
こんばんは!旅行ブロガーにして、歴史地理コラムニストの旅人サイファです。毎週日曜日夜は、NHK大河ドラマ『光る君へ』コラムをお届けします。
筆者紹介
こちらは本業の傍ら全国47都道府県を旅して年間平均40泊!旅行プランナー/ブロガー「旅人サイファ」が執筆運営しております。地理・歴史へも興味が深く、各所で好評を頂いております。
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第42話 川辺の誓い
新たな政争の舞台となったのが…三条天皇と藤原道長の主導権争いでした。
この三条天皇は、実は…先代の一条天皇よりも4歳年上。即位の時点ですでに35歳という年齢でした。
三条天皇には、皇太子時代からの東宮妃・藤原娍子がおり…既に4人の子をなしていました。
ここに、道長は次女の藤原妍子を中宮として送り込みます。この時、娍子の皇后立后と妍子の中宮入内を同日に行い、一帝二后を即座に実現してしまうという…前代未聞の試みが成されていたのです。
この2つの儀式は同日に行われたために…朝廷の公卿たちはどちらの儀式に参加するか?で真っ二つに分かれます。それは…三条天皇派か?藤原道長派か?の試金石ともなりました。
結果として…後ろ楯に乏しい娍子の立后に立ち会ったのは、弟の通任以外には藤原実資・藤原隆家・藤原懐平の4人のみ。その他の公卿たちはみな道長が主催する妍子の入内へと参列したのです。
そんな心労もあったのでしょう。道長は体調を崩してしまいます。
一時は死期こそ覚悟するような容態だったようで、道長は宇治にある別荘に引きこもり、療養に努めていました。
このままでは道長の命も危うい…と悟った付き人の百舌鳥彦は、まひろに病床の道長を見舞うよう懇願します。
まひろは…はるばる宇治へ出向き、道長と対面します。
幼きころから…交わらぬながらも魂の交流を続けてきたふたり。
「おまえは…俺より先に死んではならん。」
「ならば…道長さまも生きてくださいませ。道長さまが生きてくだされば…私も生きられます。」
すでに自らの役割も終え、出家することも考えていたまひろ。
病に倒れ、弱った道長のために…新たに物語を書き始めます。
それこそが…彼が療養していた宇治を舞台にした「源氏物語」の続編!
それこそが…「宇治十帖」と呼ばれる源氏物語のラスト10章なのです!
この展開は…さすがにちょっとトリハダがたちましたね!やるな!脚本家・大石静!