『小岩井農場』の「小岩井」は地名ではなく別の由来がある!?
岩手県のみならず全国的にも有数の規模を誇る農場が『小岩井農場』です。この農場、岩手県雫石町にありますが…「小岩井地区」に作られた農場だと思いますよね?ですが!実はこの「小岩井」には別の意味があるんです!
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こちらは【地理コラム】シリーズより記事をお届けしております。
小岩井農場ってなに?
ここ雫石町には、日本最大の農場があります。それが…『小岩井農場』!
小岩井農場は、3000haという広大な敷地面積を誇る農場で、一部は観光施設「小岩井農場まきば園」として開放されています。
この『小岩井農場』ができたのは1891年。明治24年のことでした。
当時この地域一帯は、岩手山からの火山灰が堆積する不毛の原野。さらに冷たい吹き下ろしの風が吹き付け、極度に痩せた使い道のない厳しい環境が広がっていました。
しかし。この厳しい大地を開拓しようと…立ち上がった3人の男たちがいたのです。
小岩井農場を作った3人の男たち
小岩井農場を開拓したのが3人の人物でした。
- 日本鉄道会社副社長 小野義眞
- 三菱社社長 岩崎弥之助
- 鉄道庁長官 井上勝
彼らは、東北地方に鉄道が延伸されたのを機に、食料増産のために大規模農場を開設します。
この時作られたのが、現在の『小岩井農場』です。
この「小岩井」という名称、元々の地名を活用したものと思われがちですが…さにあらず!
あ!
もしかしたら…もうお気付きの方もいらっしいますかね!?
そう!すでに答えは出していたんですー!
この時作られた小岩井農場は…
- 日本鉄道会社副社長 『小』野義眞
- 三菱社社長 『岩』崎弥之助
- 鉄道庁長官 『井』上勝
この、農場建設の中心となって動いた3人の人物の頭文字を取って『小岩井農場』と名付けられたのです!これ、知らない人も多いはず!
当時、鉄道庁長官として、新橋-横浜間を皮切りに全国の鉄道路線を作ったのが「井上勝」でした。
彼は、全国に鉄道を敷き各地で歓待を受けるも…その過程で美田をいくつも潰してきたことを後悔していたそうです。
井上は、ある日立ち寄った岩手県雫石の地で、荒れ果て放置された広大な用地を目にします。
彼は、ここに大農場を作ることで、これまで潰してきた美田たちへの償いをすることを心に決めました。
そして…当時三菱の番頭として辣腕を振るっていた小野義眞へと相談します。小野は、即座に三菱二代目社長に就任していた岩崎弥之助へと繋ぎ、ふたりを面会させました。
この時、国家公共のため大農場を作りたいという井上の熱意を受けて快諾。こうして…岩手山麓の広大な荒れ地を開拓する農場建設が動き出したのです。
この農場は、計画の立役者である3人の男たちの頭文字を取って『小岩井農場』と名付けられます。
農場開設から120年。『小岩井農場』は、現在も自然と共存しながら、日本有数の大農場としてここ雫石で歩み続けています。