NHK大河ドラマ『光る君へ』コラム
こんばんは!旅行ブロガーにして、歴史地理コラムニストの旅人サイファです。毎週日曜日夜は、NHK大河ドラマ『光る君へ』コラムをお届けします。
筆者紹介
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第3話 謎の男
いや…それにしてもなかなかドロドロした世界を描きますね。
雅な宮廷文化が華開いた平安時代。しかしその裏では、藤原氏を筆頭とした貴族たちの、あまりにも陰気な権力争いが生じていました。
時の貴族の頂点に立っていたのが、関白・藤原頼忠です。それを、従兄でもある右大臣・藤原兼家と左大臣・源雅信が支えていました。
若き頃の紫式部(まひろ)が生きていたのがこの時代です。権謀術数が行き交う平安京で、そんな醜い政治の世界を目の当たりにしながら、彼女は成長していったのでしょう。
それにしても?今回のタイトルにもある「謎の男」は誰なんでしょうか?遂に正体を現しませんでしたが…きっと、三郎(道長)とまひろ(紫式部)の人生に、大きな影響を及ぼす人物なのでしょう。
人物紹介「藤原兼家」
藤原兼家は、右大臣・藤原師輔の三男として産まれました。本来であれば、三男の分家筋として中流貴族としてその生涯を終えたことでしょう。
父の死後、本家筋は長兄の伊尹が継ぎます。彼も順調に出世し、太政大臣にまで昇進しますが、若くして亡くなってしまいます。
伊尹亡きあと…その後任を継ぐために、藤原氏内で激しい相続争いが生じます。
それが、伊尹の弟たち、次男の兼通と三男の兼家の相続争い。この2人は、帝の面前で罵りあうほどの醜い争いをしたと言われています。
結果として、ひとまずは兄の兼通の関白就任が決まりますが、この相続争いに敗れたことは、兼家にとって痛恨でした。
何せ、相手は兄とはいえ正面切って罵りあった間柄。当然、兼通も恨みを抱いていました。兼通が関白となり政権中枢の座を占めた結果、兼家は閑職へと追いやられてしまうのです。
通常であれば…ここで兼家のの命運は尽きるはずです。兄の兼通からは「できることなら九州にでも追放してやりたいものだが、罪が無いのでそれも出来ない」という爆弾発言すらも記録されているほど恨まれていたのですから。
この、兼通と兼家の兄弟確執はかなり根深かったようで、兼通が病に倒れ死の縁にいた際にも…実の弟である兼家に関白を継がせずに、わざわざ従兄の頼忠を後継関白に指名するほどでした。
兼通の死後は、その後継となった関白・頼忠と激しいライバル関係となります。兼家自身は、右大臣にまで出世していましたが、時の帝・円融天皇が在位のうちは、信任厚い頼忠らの牙城は崩せません。
そんな訳で…劇中で描かれたように、自らの三男・道兼に命じて円融天皇に毒を持って退位を迫った…というストーリーも納得できるのです。
実際の史実は分かりませんが…兼家は、円融天皇の譲位後に、ようやく関白へと就任しています。
そして、円融天皇へ嫁がせた娘が懐仁親王を生んでいたことで運命は一転します。
円融天皇は、その退位に辺り、次の天皇位を花山天皇(兄・冷泉天皇の子)に譲位することと引き換えに、唯一の男子であった懐仁親王を東宮(皇太子)へと就けることに成功します。
兼家が陰謀を張り巡らすのはさらにここから!これは、今後のストーリーに関わってくるので詳細は伏せますが…!花山天皇から懐仁親王(一条天皇)へ譲位させたことで、兼家の一族は繁栄の極致へと躍り出ます。
そりゃそうです。一条天皇の外祖父は藤原兼家その人!かつて飛鳥時代に蘇我氏が行った「天皇の外祖父となり実権を掌握する」という手法で、権力を手中に納めたのです。
そして、兼家の五男・藤原道長の時代にその栄華は頂点を極めることになります。