NHK大河ドラマ『どうする家康』第39話コラム
こんばんは!旅行ブロガーにして、歴史地理コラムニストの旅人サイファです。毎週日曜日夜は、NHK大河ドラマ『どうする家康』コラムをお届けします。
筆者紹介
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いやあ…今回は歴史の流れが変わる回でしたね。
死を目前にした秀吉の暴走。泥沼の朝鮮出兵。そして…天下人の座の放棄。
秀吉の死
豊臣秀吉は1598年、満62歳でこの世を去りました。
筆者は、秀吉の最大の悲劇は、その最晩年に子をなしてしまったことだと思っています。
それまで、百姓の小倅から織田信長に拾われ、己の才覚ひとつで天下人にまで上り詰めた豊臣秀吉。
もしも彼が最後まで才覚の人であったなら…恐らくその死後の関ケ原の争乱なども起こらなかったかもしれません。
彼は、その死の直前、56歳の時に秀頼をもうけています。その後、秀吉が世を去った時点で、その後継者たる秀頼はわずか7歳でした。
この幼い秀頼を残して死ぬということが…秀吉にとってどれだけ心残りだったことか。
もしも、秀吉が死ぬ時点でその天下を継ぐ子が居なかったら…才覚の人・秀吉はどのような判断をしたでしょうか。
劇中では「天下の安寧など知ったことか」と憚らずに吐き捨てる秀吉ですが、元々は百姓の子。世の不安定なことの悲劇を最も身に沁みて知っているはずの人物です。
もしかしたら…この時点で豊臣一族の天下は諦めていたかもしれません。
しかし…なまじ、秀頼という希望を与えられてしまったことが、彼らに悲劇をもたらすことになります。
「安寧な世を治めるは乱世を治めるよりはるかに難しい」
織田信長は、天下を統一する意義を理解していた人物であると思っています。まあ…やり方は過酷に過ぎましたが。
信長は、幼い頃にうつけものとして庶民と触れ合うことで、世…つまり世間が求めているものを理解していました。
それは、民が安寧に生活できること。
この国の生活を支える庶民が、当たり前に米を収穫し当たり前に飯を食えることこそが、時代が求める理想だと理解していたと考えられます。
「安寧な世を治めるは乱世を治めるよりはるかに難しい」
この言葉は、後に家康の作る世の中に大いに反映されます。
民が安寧な生活を送れることこと肝要。秀吉のように、自らの親族だけの幸せを願う人物との差がここに感じられます。まあ…秀吉も当初はそのような大志を抱いていたはずですが。
「天下をお取りなされ」
家康の幼少期より支え、石川数正と共に両家老として徳川家の発展に尽くした酒井忠次。
今回、『どうする家康』では、彼にまつわる大きなエピソードが描かれませんでした。
それは、織田信長によって嫡男・信康を処刑されるパートです。
家康の命により、信長の元へ弁明の使者として使わされた忠次。この時、彼は信長に対して充分な申し開きをしませんでした。この結果、信康の切腹命令は覆されることなく、彼はその若き命を散らします。
酒井忠次の晩年、江戸へ国替となった時のはなしです。彼は既に既に隠居していたため、嫡男・酒井家次に下総臼井城が与えられます。しかし、その領分はわずか4万石。家中最大の領地を与えられた井伊直政(12万石)や本多忠勝(10万石)、榊原康政(10万石)とは程遠い国高でした。
酒井忠次は、家康に不満を漏らします。
すると家康は…
「そなたも子が可愛い心があるんじゃな」…と冷酷な一言を漏らしたのです。
とはいえ、彼の酒井家は彼の死後も累進し、最終的には庄内藩14万石にまで出世します。幕末の最後の最後まで幕府方として支えた庄内藩酒井家のルーツは、彼、海老すくいの酒井忠次にあるのです。
「嫌われなされ」
そんな酒井忠次の最後の任務が…家康に天下人となる覚悟を決めさせる役割でした。
天下人となり安寧な世を作るためには、時として卑劣な手段を擁し、世の中の嫌われものとなっても成し遂げなければならないものがある。
律儀者で臆病者と言われていた徳川家康は、秀吉の死を境に豹変します。いわゆる…「狸化」ですね。腹の底では何を考えているか分からない、狸親父としての家康のイメージはこの時から始まります。
今作『どうする家康』では、徳川随一の忠臣・酒井忠次にそのスイッチを押す役割を担わせました。徳川創業からの家臣である酒井忠次にしかできない役割です。これは見事な脚本でした。
こうして…時代は変わりました。信長・秀吉の天下から徳川の天下へ。ようやく…家康が時代の主役に躍り出たのです。
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