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【香川】日本一の大魔王!『白峰宮』は崇徳上皇崩御の地!

白峰宮』は崇徳上皇の御所跡!彼はこの地で…日本一の大魔王として死んでいった!?

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《日本一の大魔王として知られる崇徳上皇はこの地で祟り神となった…!》

 

崇徳上皇崩御した地に鎮座する『白峰宮』の参拝レポートをお届けします。

 

筆者紹介

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こちらの記事は【愛媛香川ひとり旅】よりシリーズでお届けしております。

 

 

白峰宮』の歴史

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日本一の大魔王(大魔縁)…崇徳上皇をご存じでしょうか。

 

この方は、上皇という身分にありながら四国へ島流しにされただけでなく、その後、日本一の祟り神になったともされる…日本歴史上でも類をみない存在なのです!

 

崇徳天皇は、鳥羽天皇の第一皇子として産まれました。そして、わずか3歳7ヶ月という幼いころに天皇位を受け継ぎ、第75代天皇として即位した人物です。

 

しかし…その後の彼は不遇を囲いました。

 

崇徳天皇として即位した18年後、実権を握り続けていた父・鳥羽上皇の強い要請により、弟である近衛天皇へと譲位します。

 

こうして…天皇位を譲り上皇となった崇徳上皇でしたが、病弱だった近衛天皇崩御後に跡を継いだ後白河天皇と対立することになります。

 

この崇徳上皇VS後白河天皇の対立は、藤原貴族やその配下であった武士(源義朝平清盛も参戦している)を巻き込んだ大乱になります。

 

しかし…崇徳上皇側に味方する兵も少なく、やがて敗戦。崇徳上皇は罪人として讃岐国島流しにされることが決まるのです。

 

上皇という身分で島流しにされたのは、孝謙天皇/道鏡と対立した淳仁天皇以来400年ぶりの大事件でした。

 

讃岐国に流された崇徳上皇の生活は凄惨を極めました。はじめは雲井に建てられた仮御所に、その後は鼓岳の御堂に半ば幽閉されるような生活を強いられたといいます。

 

讃岐配流中の崇徳上皇は、深く仏教に帰依し…五部大乗経などの写本作りに専念します。そして、戦死者の供養と反省のために、完成した写本を京の朝廷に送り、寺院へ納めてほしいと願い出るのです。

 

しかし!

 

京都の後白河法皇は、呪詛が込められているのではないか?と疑い、この写本の受け取りを拒否!なんと讃岐の崇徳上皇の元へと送り返すという暴挙に出るのです。

 

これに激しく怒った崇徳上皇は、舌を噛み切って、その血で写本にこう書き付けます。

 

「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」「この経を魔道に回向す」

 

そして…崩御するまで爪や髪を伸ばし続けて夜叉のような姿になり、京の朝廷を恨んだまま、この世を去るのです。


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崇徳上皇はこうして…日本一の大魔王(大魔縁)として、日本三大怨霊のひとりに数えられることとなります。

 

崇徳上皇の死後…世の中は彼が予言した通り、朝廷は力を失います。

 

「皇を取って民とし民を皇となさん」という彼の予言通り…平清盛源頼朝などを中心とする「武士の世の中」がやって来るのです。まさに「日本をひっくり返す呪い」ですよね。

 

ここ『白峰宮』は、そんな崇徳上皇崩御したまさにその場所として伝わっています。(※讃岐府中の鼓岡神社説あり)

 

崇徳上皇が世を祟ったまま死んだ…という事実は、後の世まで広く伝わっていました。

 

特に幕末期、江戸時代最後の天皇である孝明天皇は、そんな崇徳上皇の魂を京都へお戻ししたいと切望していました。しかし…その願いが叶う前に、彼自身が亡くなってしまいます。

 

孝明天皇の後を継いだのが…明治天皇です。

 

明治天皇は自分自身の即位直前に、讃岐の崇徳上皇陵墓に、その魂を京都へお戻しすると勅使を派遣します。

 

そして勅使が派遣されたその翌日に即位式を執り行い…明治天皇は正式に天皇位に就きました。

 

またその1ヶ月後。崇徳上皇の御霊が京都の白峰神宮に御遷りになった翌日に、明治天皇は真っ先に参拝します。

 

そしてその白峰神宮参拝のさらに翌日…慶応→明治へと改元を実施するのです!

 

崇徳上皇の呪いによって始まった武士の世。そんな崇徳上皇の鎮魂を済ませてから始まったのが…明治の新時代なんです。

 

白峰宮』の見どころ

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この日お邪魔した『白峰宮』は、崇徳上皇が朝廷を祟ったまま死んでいき「日本一の大魔王」となった、まさにその現場!崇徳上皇はこの地で、恨みを抱いたまま亡くなったとされている場所です。

 

明治時代よりも前は、名もそのまま「崇徳天皇社」という名前の神社が建てられていました。なお隣接する寺院は、天皇寺高照院という四国八十八ヶ所霊場のひとつにされています。

 

明治時代に入る前、ここに祀られていた崇徳上皇の御霊は、京都の白峰神宮へと遷されました。

 

その後は、御祭神を天照大神と金山御神に代わり、「崇徳天皇社」という神社名も『白峰宮』へと変えられて今日に至っています。


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白峰宮』の鳥居は、珍しい三ツ鳥居です。中央の明神鳥居の両脇に小さな鳥居が連結された非常に珍しいもの。奈良の大輪神社のものが有名ですね。ここ『白峰宮』の三ツ鳥居は江戸時代中期に奉納されたもののようです。


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三ツ鳥居をくぐって…まっすぐ伸びる参道を進むと社殿が建っています。この社殿は、戦国時代に兵火によって焼失しましたが、その後再建されたものです。


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扁額には大きく『白峰宮』の文字が掲げられています。崇徳上皇が幽閉されていた仮御所も…この辺りに建てられていたのでしょうか。

 

朝廷を恨みながら死んでいった崇徳上皇に想いを馳せて…こちらで二礼二拍手一礼、参拝をしていただきました。


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お隣に建つのが、四国八十八ヶ所霊場のひとつ、「天皇寺高照院」です。お遍路さんをしたことがある方は立ち寄っていることと思います。


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この寺院は、奈良時代行基によって同右が建てられたのを始まりとし、その後は弘法大師空海によって「摩尼珠院妙成就寺」という寺院に代わりました。

 

その後、崇徳上皇が亡くなった後、時の二条天皇の命によって、崇徳上皇の御廟が設けられたとされています。この二条天皇崇徳上皇を幽閉し死に追いやった後白河法皇の第一皇子だったりします。


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さて『白峰宮』の参拝を終えたら…ぜひ立ち寄って欲しい場所があります。それが、本殿のさらに裏手にある「八十蘇場の霊泉」!


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この泉は、古くはヤマトタケルの子・讃留霊王(サルレ王)伝説の残る泉です。

 

讃留霊王がこの地で悪魚討伐に向かったところ、悪魚の罠にハマり88人の兵士が命を落としてしまいました。

 

その時、この泉の水を飲ませたところ…兵士はみるみる息を吹き返したという伝承があります。


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ちなみにこの泉は、崇徳上皇崩御した後、荼毘に付される前にご遺体をこの清水に浸しておいたという伝説も残されています。

 

上皇の死を朝廷へ報告し、埋葬の許可が降りるまでの間、崇徳上皇のご遺体はこの霊泉に浸されていました。しかし!なんと真夏の8月にも関わらず、20日もの間、上皇のご遺体は腐敗せずに清らかなままだったといいますから…その霊泉の効力が窺えますよね。


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なお「八十場の霊泉」のすぐ脇には、創業200年の老舗「清水屋」が営業を続けています。ところてんが名物ですので…ぜひ召し上がってみてください。

 

白峰宮』へのアクセス/駐車場/所要時間

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白峰宮』は香川県坂出市にあります。最寄り駅は八十場駅で、駅からは徒歩圏内です。ただし、八十場駅は小さな無人駅で本数も少ないため、利便性であればお隣の坂出駅からタクシー利用の方が便利です。

 

お車の場合は坂出ICから15分ほど。境内裏手に駐車場がありますので、ご利用ください。

 

参拝の所要時間は20分ほど。隣接する天皇寺や八十場の霊泉なども見てまわるのでしたら、45分ほど時間をみておくと良いでしょう。

 

【愛媛香川ひとり旅】旅行記3日目。この日は、香川県の神社を中心に巡りました。崇徳上皇が暮らしたという御所跡を参拝したあとは、崇徳上皇の葬られた御陵に参拝しました。次回もお楽しみに!

 

白峰宮』の基本情報

アクセス

JR予讃線 坂出駅よりタクシー 八十場駅より徒歩7分

高松自動車道 坂出ICより15分

 

営業時間

24時間自由

 

定休日

年中無休

 

参拝料金

無料

 

駐車場

無料駐車場あり

 

アドレス

香川県坂出市西庄町1719

0877-46-5966