NHK大河ドラマ『どうする家康』第17話コラム
こんばんは!旅行ブロガーにして、歴史地理コラムニストの旅人サイファです。毎週日曜日夜は、NHK大河ドラマ『どうする家康』コラムをお届けします。
筆者紹介
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三方ヶ原の戦い
いやしかし…阿部寛信玄のド迫力!過去にも何人もの武田信玄を演じた役者さんたちを観てきましたが…今作の阿部寛/武田信玄はその中でも最高の仕上がりかと思います。これは…惚れますわ。
さて、物語は家康最大の窮地「三方ヶ原の戦い」が描かれました。
怒涛の勢いで遠江東部や三河北部を侵食する武田軍。甲斐の強兵の進撃に、徳川勢はなす統べなく後退を続けることになります。
しかし…徳川家康ら主力が籠る本拠地・浜松城を目前にして、武田軍は西に転進。浜松城を無視して素通りする素振りを見せます。
浜松城に1ヶ月ほど籠城して織田信長からの援軍を待つという戦略を描いていた徳川軍は意表を突かれたことでしょう。このまま座して武田軍の進軍を見送るか…または、打って出て野外決戦を挑むか。
武田軍を見送った場合、徳川軍の主力は温存され家康も死地を脱したことでしょう。
しかしその場合、占領地である遠江の民衆からの支持は得られなくなったことでしょう。
そしてもうひとつ。武田軍の進軍を見送った場合…彼らが次に目指すのは嫡男・信康が守るかつての根拠地・三河岡崎城です。
このまま進軍を許せば、自らの生まれ故郷である三河国と家族(妻や子女)を失うことになる。
ここで家康は大きな決断を迫られたワケです。まさに家康の人生最大級の「どうする」ポイントですね。
史実では、信玄の挑発に乗った家康が、浜松城を出て野外決戦に挑みますが…その動きを見透かしていた武田軍の反攻に遭い壊滅的打撃を受けることになります。
もしも徳川軍が城を出なかった場合、武田軍はどう進軍していたでしょうか?
後方に温存された徳川軍を残したまま進軍するとは考えにくい。かといって、浜松城攻めで無駄な消耗をするのも避けたいはず。
場合によっては、三河まで兵を進めたところで、岡崎勢と挟撃せんと兵を進めた徳川軍との合戦が三河平野あたりで行われていたかもしれません。
結果的に、浜松城からすぐ近くの「三方ヶ原」で合戦が行われたのは、家康にとって幸運でした。三方ヶ原での壊滅的な敗戦後、真っ直ぐに浜松城に逃げ帰れる距離にあったことで、家康はその命を長らえることになります。
そしてこの敗戦の教訓は、その晩年、家康の天下取りの戦いに大いに活かされることになります。
時は1600年の関ヶ原。
目の前の大垣城に籠る西軍主力を無視して西へと軍を進めた家康率いる東軍。それを見た西軍首脳の石田三成らは、その進軍の先に三成の本拠地・佐和山城があることを危惧し全軍で大垣城を出て、野外決戦に挑む形になりました。
まさに今回の「三方ヶ原の合戦」と逆に、野外へ敵主力を誘い出すこと成功するのです。
さて…次回。三方ヶ原での壊滅的な敗戦が描かれることになります。ここで家康は…これまで付き従ってきた大切な重臣を多数失うことに…なります。
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