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「博多市」になっていたかも?博多VS福岡の仁義無き戦い!【福岡の中心駅が博多なのはなぜ?】後編

こんにちは!旅人サイファです。

今回は【福岡市のターミナル駅博多駅である理由!】の後編をお届けします。
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前編の話をまとめますと…

  • JR福岡駅は福岡県内にはありません
  • ターミナル駅博多駅 『博多』は2000年の歴史を持つ港町商人町 『福岡』は江戸時代に新たに黒田家が作った城下町 商人の町
  • 『博多』と武士の町『福岡』はそもそも別の町
  • 那珂川を挟んで東に『博多』西に『福岡』という毛色の異なる2つの町が相対していた

 

江戸時代を通じて『博多』と『福岡』という2つの町が併存していた現福岡市中心部。

あまり知られていないようですが、当時『博多』と『福岡』間の自由な行き来は禁じられていました。2つの町に分ける那珂川には関所が設けられ、関所を抜けないと橋を渡って向こう側へは行けなかったようです。

 

そのため、それぞれに商業地帯も2つ作られました。商人のための繁華街は変わらず『博多』。武士のための繁華街が福岡の城下町…現在の『天神』です。

現在の福岡市中心部に『博多』と『天神』2つの繁華街があるのはこのためなのです。

 

天神については以前の旅行記にも記載しています

 

そしてもう一ヶ所、忘れてはならない土地があります。

『博多』から関所を抜けて東中島橋を渡ったところ、『福岡』からは西中島橋を渡ったところ…双方の緩衝地帯とも言えるのが…那珂川博多川に挟まれた小島「中洲」!


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© OpenStreetMap contributors

 

そう!福岡随一の歓楽街「中洲」は『博多』と『福岡』のちょうど中間地点に作られた、言ってみれば自由地帯。

現在も(やや犯罪的、風紀的な側面含め)、自由な町である「中洲」の原点は、このように『博多』と『福岡』の分断、緩衝地帯であったことに由来するのです。

 

さて時代は下り、明治維新が成ると、『博多』と『福岡』の関係にも変化が生じてきます。江戸時代は武士の町『福岡』が優勢でしたが、明治維新で黒田家の影響が薄れると、次第に『博多』の勢力が盛り返してきます。

そして1889年、人口増加に伴ってこの地にも「市」が作られることになります。その際、市名を何とするかで、議会は大紛糾します。

『福岡市』か『博多市』か。なんと明治の世にも関わらず、お互いがお互いを闇討ちし合うという殺伐ぶり!

 

迎えた投票日。博多出身の議員がなぜか3人も投票日に欠席するという不可思議な事態の中、市名決定の採決が行われます。(欠席した博多派の議員はトイレに監禁されていたという説も!)

 

そしていざ投票が行われたところ…『福岡市』と『博多市』は全くの同票数!

大揉めに揉めたところで、採決すべき議長が議長席を降り『福岡市』へ一票を投じたことで万事休す。市名は『福岡市』になることが決着します。

 

同年、九州鉄道(のちに国有化)によって鉄道駅を設置することが決まります。

その駅建設の計画地が那珂川の東側(博多側)であったために…当然のごとく駅名は『博多駅』と命名されます。これは、市名を『福岡』としたことの引き換えに…という意識も働いたと言われています。

ちなみに、後に西日本鉄道によって天神エリアに『福岡駅』が作られます。(現在の『西鉄福岡(天神)駅』)

 

博多駅西鉄福岡(天神)駅。JRと私鉄のターミナルが別れているのも、そして相互の行き来が不便なのも福岡の特徴ですよね。

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しかも、太宰府方面に向かって併走しているにも関わらず、一切乗り換え駅を作らない両者。この当たりも博多VS福岡(天神)の影響かもしれません。

 

こうして…戦後に至るまでのおよそ100年間、『福岡市』にある中心駅は『博多駅』と言う歪んだ関係が続くことになるのです。

 

この関係に変化が生じるのは1972年。

 

福岡市が政令指定都市に昇格するに当たって、市内に5つの区を編成します。この時に、旧博多エリアに『博多区』が作られたことで…およそ100年ぶりに『博多』の地名が復活するのです!

 

興味深いことに、江戸時代に武士の町=政治の町として栄えた『福岡』は、現在は天神を中心とした商業街に発展しています。一方、商人の町であった『博多』は、そのアクセスの良さからか官公庁や企業の集まる政治・ビジネスの町へ変貌を遂げているのです。見事な逆転現象!

 

いかがでしたか?『博多』と『福岡』の不思議な関係。

 

元々が全く毛色の異なる別々の町だった…ということを知れば、その不思議な関係も理解しやすいのではないでしょうか?

 

市内随一の歓楽街「中洲」は、そもそもその成立から、博多VS福岡(天神)の緩衝地帯、自由地帯として始まった町なんですね。驚きでした!

 

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