こんにちは!旅人サイファです!今回も【GW京都&北近畿旅行記】5日目の記事をお届けします。
現在の兵庫県最北部、旧但馬国の一宮・出石神社の参拝を終えて、出石の中心部へ向かいます。
出石の町は、古くは国府が置かれ、旧但馬国の中心都市でした。その後、江戸時代になるとこの地に『出石城』が築かれ城下町として発展します。
出石城の築城は1604年。豊臣秀吉の従兄弟でもある小出吉政から出石6万石を引き継いだ長男・吉秀によって築城されました。
南に聳える有子山の北麓を本城として拓き、その北側に城下町が置かれています。旧来の有子山山頂部は詰め城として残され、緊急時の防御施設として活用する計画だったようです。
その後、小出家は九代目で無嗣断絶。武蔵岩槻城主松平忠周を挟んで、信州上田城より仙石政明が異封され、幕末まで続きます。
仙石氏は、かつて豊臣秀吉の秘蔵っ子として名を高めた仙石秀久が始祖。仙石氏は、信州小諸城主、信州上田城主を経て、秀久からみて5代目の政明の時に出石にやって来ています。
実はこの仙石氏が信州からやって来てくれたことが…現在の出石名物誕生のきっかけとなっています。この話は次回に!
さて、小出氏、松平氏、仙石氏の治めた出石城跡と城下町を散策してみましょう!
出石城のすぐ目の前にある大手前駐車場に車をとめると、目の前に見えてくるのがここ出石のシンボル『辰鼓楼』。旧大手門の櫓台に建てられた、日本最古とも伝わる時計台です。作られたのは明治四年。当時は辰の刻に太鼓を鳴らして、町に時を知らせていたといいます。
さて、それでは『出石城』の本郭へ向かいましょう!『出石城』の本郭は、三段作り。城下町から堀を渡ると二の丸。その一段上に本丸。さらにその一段上に稲荷郭。
二の丸&本丸には、豪快な野面積みの石垣が見事に残っています。野性的な雰囲気の石垣でとても力強い印象!古風な戦国時代末期の雰囲気を良く残していますね!
ここ『出石城』の特徴は、「殿様の治める城」で有りながら「信仰の場」でもあること。城内に『城山稲荷』が祭られており、その参道も兼ねています。なんとこれ、江戸時代からそのままというから驚き!民衆にも参拝が開かれていたと言われています。城内に自由に立ち入れたとか…!
二の丸を上ると本丸です。広々とした広場には、かつて本丸御殿が作られ、城主の生活の場として機能していました。
しかし驚きなのがこの先。
なんと、殿様のいる本丸よりも上の階層に、稲荷神社が建てられている!!これはなかなか見ない様相ですね!しかも先ほど述べた通り、ここへの参拝は自由に許されていたとか…。驚きです。
なお、この稲荷郭の先には、かつて本城であった有子山城跡への登城口になっています。本当はこの先がすごいのですが…今回は子連れのためパスしました…残念!
なお、最上段の稲荷郭からは、本丸と出石の城下町を一望できます!ここからの眺めは素晴らしいので、おすすめです!
出石城跡
アクセス
北近畿豊岡自動車道 八鹿氷ノ山ICより30分
入場時間
24時間自由
入城料
無料
アドレス
0796-52-4806
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