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『郡』とは何か?今や住所にだけ残る不思議な存在、『郡』の謎に迫る!

皆さんこんにちは!旅人サイファです!

今回は…『郡』のお話。

でも…あれ?そもそも郡ってなんだ?地方自治体でもないし、地方公共団体でもないし…。

と身近なようでその内実は知らない人が多い『郡』について調べてみました。
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日本国内で生活なさっている皆さんは、どこかの都道府県にお住まいですよね?

そして同時に、どこかの市/町村に住所があるかと思います。

※煩雑になるので東京23区は例外として除きます

 

では『市には無くて、町村にだけ付くものなんだ?』

タイトルからも既にお分かりですよね?正解は『郡』

 

市には『郡』が付きません。

しかし、町や村にお住まいの方の住所には『●●郡××町』『●●郡××村』と必ず(※)郡が冠せられています。

つまり、日本国民はまず間違いなく、市民か郡民のどちらかなのです。

※23区民は例外として市民と考えてください

 

 

そもそも『郡』の歴史は都道府県や市町村よりも遥かに長い。その成立はなんと奈良時代

大宝律令によって定められた『律令国』にそのルーツがあります。(律令国=旧国名)

 

当時は日本全国、全ての土地が全60あまりの『国』に分けられていました。「武蔵国」や「尾張国」などがそれです。

そしてその『国』はさらに『郡』として細分化され、『郡』はさらに細分化されその下の単位は『郷』

 

つまり、日本という大きな国の中に『国→郡→郷』という細分化がなされていたのです。今でいう『県→市→地名』に近いものと考えると分かりやすいでしょう。

今でこそ、町と村の区域にしか付かない『郡』ですが、本来は日本全国どこの土地も『●●国××郡』でした。

当時の日本国民はすべからく全員が『郡民』だったのです。

 

この『郡』は明治維新後の廃藩置県の際にも受け継がれます。

 

 

明治政府は江戸時代に300ほどあった藩を解体&統合します。

明治4年廃藩置県直後では3府302県の府県に編成されますが、この時にも『郡』は温存され、各地の住所は『●●県(府)☓☓郡△△町(村)』とされました。 

廃藩置県の統廃合の流れ(参考)

明治4年7月 3府302県

明治4年10月 3府72県

明治5年      3府69県

(明治5年   大区小区制

明治6年   3府60県

明治8年   3府59県

明治9年   3府35県

(明治11年  郡区町村制)

(明治21年  市制・町村制)

明治22年    3府42県

(明治23年  府県制・郡制)

ここから、郡と区、市、町、村の関係は迷走を始めます。

ごく短期間に、区が作られたり、郡が廃止されたり、新たに市が作られたり…ここは非常に分かりにくくなるので省略!

 

明治21年に市制度が整備され、初めて『市』が作られます。

この時に『市は郡に属さない』との考えが示され、実際に明治21年に初めて市になった31市は『●●県☓☓郡△△町』から→『●●県△△市』へと変えられました。

 

その時に開始した31市がこれだ!

 

ここから『郡』の付かない住所が定着し始めます。 

そもそもは日本全土あますところなく覆っていた『郡』でしたが、『市』ができたことで、その市の土地のみが『郡』で無くなったのです。

これは日本歴史上でも画期的な転換でした。

 

かつては、郡も地方自治体のひとつとして機能していました。

実はその昔、郡にも『郡役所』の建物があり、『郡長』『郡会(議会)』も存在していたのです!

しかし大正時代にそれらも廃止され、その後の郡は有名無実…実体の無い幽霊のような存在になります。

それ以降はただ単に町や村の住所の頭に付くだけの存在に…なんと悲しいことか。

現在の市町村の数(参考)

市の数 792市

町の数 743町

村の数 183村

※令和3年4月現在

 

当初はあくまでも、大都市のみの選ばれた称号であった『市』。

初めはわずか31しかなかった市ですが、その後町や村からの昇格が相次ぎ、現在では792もの市が誕生しています。

その一方、町や村の数は減少の一途を辿っています。

 

郡域内の自治体が全て市に昇格すると…『郡』はその役割を終えて完全に消滅します。

合併等によって町や村が市に置き換わると、それに伴って『郡』も続々消滅して行く運命にあるのです。

現在残されているのは全国で307郡のみ。

近年では、市町村の合併を促進させた平成の大合併で…一気に90以上の郡が消滅しています。

 

かつて全国全てに存在していた郡。明治20年の最大時に801郡もあった郡が…現在ではその4割近くが消滅していることになります。

歴史ある最も重要な地域区分とも言える『郡』。

このまま消滅していくのは時代の流れとはいえ…やや忍びないです。

 

例えば、石川県。金沢市を有するこの県が、なぜ『金沢県』とされずに『石川県』になったか。それは県庁が『石川郡美川町』に置かれたから。

しかし2011年、石川郡に最後までに残っていた野々市町野々市市に昇格したことで『石川郡』は消滅しています。

県名の由来を説明する時に…既に存在しない郡名の説明をしなければならないのは、少々悲しいですよね。

 

現在は存在意義を無くした『郡』。

しかし、日本を伝統的にエリア分けするにはとても大切な役割を担っていた『郡』。

本来であれば『旧国』と『旧郡』はセットであるべきかと思います。

 

そのうち『旧国名』と同じように全てが消滅し『旧郡名』として歴史学の分野になるのでしょうか…。

 

 

次回

 

もう1つの不思議な存在 区について