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国内最大級の武家屋敷群!『出水麓武家屋敷群』は薩摩の国境最前線!【秋の鹿児島旅行記⑥】

こんにちは!旅人サイファです。

今回も【秋の鹿児島旅行記】が続きます。
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さて前回ご紹介した『箱崎八幡神社』を離れて、出水の市街地へ移動します。

実はここ出水は薩摩でも屈指の武家屋敷群が残る町。

重要伝統的建造物群保存地区の指定も受けています。

現在の鹿児島県、島津家の支配した薩摩藩はなんとも不思議な国でした。

関ヶ原の戦いで西軍に味方し破れた島津家は、勝利した徳川家康の命を受けた東軍諸将から討伐の兵を向けられます。

やがて恭順を受け入れた徳川家康によって領地は安堵されますが…島津の意識としてみればその後も戦争状態が継続していたのかもしれません。

鹿児島市内の本城とは別に、領内各所に支城とも言える『麓(ふもと)』を多数配置し国の守りとする『外城制度』を整えます。

やがて徳川幕府は全国の大名に『一国一城令』を出し、大名の居城する本城以外の棄却を命じています。

しかし、ここ薩摩の島津家と奥州の伊達家のみは例外。支城の存続を黙認していました。

ここ出水郷はそんな支城のうちのひとつ。『出水麓(いみずふもと)』として整えられた重要拠点なのです。

なぜそんなに重要視されたかというと…ここ出水は薩摩領の最北端。

ここから北へ数キロ行けば肥後国の加藤家(後に細川家)の領国になるからです。

つまり、出水は国境の町!最前線の防御を一手に担う町なのです。

そのため、国中から屈強のものを集めて形成されたようで、出水麓の武士団は薩摩最強とも言われていました。


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これは出水麓武家屋敷のひとつに展示されている模型です。支城の主の館である御仮屋。南北に大路である4本の馬場道が貫き、東西にも小路が敷かれて整然と武家屋敷が並ぶ様子がよく分かります。


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出水麓武家屋敷群には、現在でもおよそ150もの武家屋敷が現存しています。通りに面した庭木も丁寧に手入れがされており、まるでタイムスリップしたかのよう!路地を曲がればそこに武士が刀を指して歩いていそうな雰囲気!

ちなみに…この↑の写真は保育園!

古い建物がそのまま生活に溶け込んでいるのがよく分かるかと思います。


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現在公開されている武家屋敷は『税所邸(さいしょてい)』『竹添邸(たけぞえてい)』のふたつ。それぞれ御仮屋に近い場所に建っている、上級武士のお屋敷です。


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印象的だったのが、その造り。

今でこそ障子襖は開かれていますが、当時は武士としての対面所『表』と生活の場『奥』は完全に切り離されていました。

玄関ですら、公務で使う表用と私的に使う奥用で別れていたほど!

女性や子供は、基本的に『表』には入れなかったとも言われる徹底ぶり!

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ここがその、『表』と『奥』の境目。写真右手が『表』で左手が『奥』です。


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武家屋敷を出て、出水の本城とも言える『御仮屋(おかりや)』へ向かいます。

御仮屋前には広い道路が取られ、その格式の高さを伺わせます。

写真右手の石垣が御仮屋跡です。

なぜ御仮屋というか?

薩摩藩の各麓では、平時はその土地を治める『地頭(じとう)』が置かれました。いうなれば『支城の城主』です。

御仮屋はあくまで藩主の別邸。参勤交代の道中など、薩摩藩主島津の殿様が訪れた際は、御仮屋は殿様の宿泊所として使われます。


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ちなみに出水麓の御仮屋は現在、出水小学校となっています。

こんなところに学び舎がある…!質実剛健な子供が育ちそうです。

厳格な上下関係のある薩摩の教育機関。その中でもここ出水の教育は徹底されていたと言います。

それを、如実に現しているのがこの古写真。
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『児請(ちごもうし)』と言われる儀式の様子です。いわゆる子供の元服に似た儀式。

正面中央の子供たちを見守る武家装束の大人たち…。今でいう小学校の卒業式のようなものでしょうか。

写真からでも伝わるはずです。完全武装の大人たちに囲まれる緊張感の中、これからは一人の大人として立派に生きていくことを誓うのです。

※この『児請』と出水郷の郷中教育については、別途記事にします。

この古写真などは『出水麓歴史館』に展示されています。薩摩武士の生き様を強く感じることのできるミュージアムです。ぜひ武家屋敷セットで足をお運びください。

最後に…武家屋敷のガイドさんからおすすめされたスポットへ向かいます。

国道3号線、かつての肥後街道を北へ向かったところにある『境川』。

 

川幅10mも無い小さな川に橋がかかっています。


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それがこちら。

ここが、肥後(現熊本県)と薩摩(現鹿児島県)との国境です。

 

とても小さな川、とても小さな橋なのですが…ここを境に文化は大きな隔たりがあります。

薩摩藩は、自国に他国者が入るのを極度に警戒していました。ですのでこの橋の袂には、厳重な関所が設けられていたようです。

それは言語でも明らか!

なんと…このわずか数mの川のこちらとあちらでは言葉すら全く通じない!

 

橋の手前は薩摩弁、橋の向こうは肥後弁、薩摩藩の徹底した自国管理の影響で、薩摩藩では薩摩弁以外の使用が禁止されていたため、独特のから言語文化が守られたそうです。


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わずか数mの川に引かれた見えない壁。

薩摩藩の堅牢な藩運営を感じられるスポットです。

【出水麓歴史館】

アクセス

九州新幹線肥薩おれんじ鉄道 出水駅より車で5分

入館料

大人510円

小・中学生300円

※公開武家屋敷と共通拝観券

開館時間

9:00-17:00

定休日

毎月第3水曜日

アドレス

鹿児島県出水市麓町10-39

0996-68-1390

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